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■1日目(5月25日)■
小林晃の家に午前7時に集合。天気は快晴。昨日取り替えた新しいトゥクリップの調子もいい。これ以上ないぐらいのツーリング日和なのだが、それとは逆に心の中は不安で一杯だった。なにしろ今回のツーリングは片道80km、往復160kmの道程で、昨年の野沢温泉までよりもずっと距離が長い上、途中には今回の一番の難所と言える標高600mの“魔の富倉峠越え”も待ち受けている。昨年は、とにかくのんびり気楽に行こうよ、という気分で行けた。今回も基本はやはりツーリングを楽しもうという考えなのだが、片道80kmとなるとそうばかりも言っていられないだろう。気楽だけでは乗り越えられない現実があるはずだ。さらに、晃は慢性的な運動不足で最後まで体力が続くか疑問だし、熊井しゅーぢも1週間ぐらい前から風邪をこじらせて咳が止まらないという、もうどんなトラブルが起きても決して不思議ではない状況なのだ。晃は「俺は帰りはクルマで迎えに来てもらうから」と本気とも冗談ともつかない事を言っている。後で聞いたら、8割方は本気だったようだ。晃の愛妻
和代ちゃんも晃のことをかなり心配している様子。やがて熊井しゅーぢも姿を見せて、予定より20分遅れでいよいよ出発。明日無事にまたここへ戻って来られることを心から願う。
日滝から晃の実家 虫送を抜けて果樹園畑の中の道を軽快に走る。このあたりはまだまだ余裕で、気分も爽快、並んでのんびり世間話をしたりしながら気持ちよく走る。途中飯山までは昨年も通ったコースなので距離感もつかめている。松川を越えて、小布施辺りは快適な下り。それにしても晃が快調に飛ばす飛ばす。「さすが片道だけの奴は元気が違うなぁ」(つまり帰りはクルマという意味)と冗談を言って笑った。そして昨年も休憩をとった中野の自販機のある商店でこの日一回目の休憩。3人とも有無を言わずに自販機で冷たいドリンクを買って、のどに流し込む。どうやら軽快なのは東京でトレーニングを積んで今日に臨んだ僕だけのようで、他の二人はもうすでに脚にキテいるようだ。熊井しゅーぢはすでに腕の力で足を押しながら走っている。これから峠越えがあるというのに、かなり先行き不安だ。
ゆっくり休み続けたいところだが、まだまだ先は長いので、休憩も早々に切り上げて再びサドルにまたがり走り始める。この辺りは高台になっているので右手に見える新緑の高社山の眺めが美しい。古牧橋を渡って千曲川を越え飯山市に入る。ここから飯山市街に入るには二つのルートがある。一つは国道117号、もう一つはその旧道なのだが、我々はもちろん旧道を選ぶ。自転車ツーリングで一番避けたいのは、交通量が多く車やトラックが行き交う道だからだ。旧道には多少のアップダウンもあるが、それを差し引いてもこちらの方が断然走りやすい。飯山市街のコンビニで今日二回目の休憩。ここも前回のツーリングの時にも休憩を取った僕らにはお馴染みのコンビニだ。僕らの間では「飯山のコンビニ」と言えばこの店を指す(笑)。ここで僕と晃はこの先の峠越えに備えて栄養ドリンクでエネルギーを補給し、熊井しゅーぢは簡単な軽食を摂る。熊井しゅーぢは休憩の度に咳き込んでいる。大丈夫だろうか。
再びサドルにまたがった我々は、仏壇通りを抜けて、国道292号を左に折れる。ここからがいよいよ本格的な登りだ。思ったよりも道幅が広く、路側スペースも充分あって、きれいな道で走りやすいが、道はだんだんとその斜度を増していく。その斜度に合わせて、1段ずつギアを軽く落としながら、むせ返るような暑いアスファルトの道を登って行く。僕らの暗黙の了解で、このあたりからは各人のペースに合わせてバラバラに走るようにしている。無理に他人のペースに合わせると余計に体力を消耗するからだ。そうなると大体いつも、先頭に僕、そして熊井しゅーぢ、最後に晃という順番になる。目の前に「登坂車線」の看板が見えて、坂がいきなりキツくなる。脚もキツいが、それ以上に心臓がバクバクだ。なんとかその坂を登り切った先のカーブに木陰を見つけ、たまらず自転車を止めて一休みする。ボトルから一口水を飲む。あとの二人はまだ登って来る気配はない。静かな山の中で鳥のさえずる声だけが聞こえる。空が青い。山は深い緑の木々に覆われている。白い蝶がヒラヒラと飛んでいる。のどかだ...。のどかという言葉がぴったりくる。自然の中を今
自分の力で走っているんだなぁ..という実感がしてくる。やがて熊井しゅーぢが登って来た。やはりかなりギアを落としている。声をかけて、そして記念の写真をパチリ。照れ笑いの熊井しゅーぢ。「晃はどうした?」と聞くと、「登坂車線でチャリを降りて押してた」とのこと。あの急な坂ではやむを得まい。しばらく熊井しゅーぢと晃を待つ。蝶の話などしながらひたすら待つ。やがてしばらくして晃登場。おっ!ちゃんとチャリに乗ってペダルを漕いでいる。すごい!頑張っている。声をかけて、記念写真をパチリ(笑)。晃が合流したのでまたしばらく休憩。
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地図を広げて峠までの残りの距離を確認すると、もう半分ぐらいは登って来ているようだ。この先の坂の斜度がわからないので不安はあるが、距離的にあと半分と聞くとまた先へ進む力が湧いてくる。
途中、さらに1kmぐらい登った硫黄という場所で一度休憩。さらに1km登った大川の入り口でもう一度休憩。ここには商店があった。有り難い。冷たい物が飲める。ここまでくれば峠まではもうあとほんの一息だ。僕は迷わずビールを買った。道路脇の地面に座りこんで(へたりこんで?)それを飲む。うまい。なんてうまいんだろう。このために走っていると言ってもいいぐらいだ(笑)。ふと横を見ると、僕らが必死の思いで登って来た今の道を、地元の中学生がスィ〜と自転車で降りて行くのが見えた。彼は毎日この坂を何の苦労もなく往復しているのだろうか。脱帽...。
あと峠まではもう少し。しかしここからの坂道も半端ではない。あと少しあと少しと自分に言い聞かせて、ゆっくりゆっくりと登って行く。ギアもさらに落としている。そうでなければ登って行けない。そしてついに峠のトンネルの入り口が見えた。やった!このトンネルが峠の最高地点だ。今日のルートの登りもここまでだ。トンネルの入り口であとの二人を待ちたいところだが、自転車を停めて休むのに適当な場所がなかったので、そのまま一人
トンネルに突入する。トンネルの中は真っ暗で冷んやりとしていた。その真っ暗な中を疾走する。僕のチャリのライトはフロントバッグが邪魔でほとんど用をなしていない。ライトを完備していてトンネルでは先頭を走るはずだった晃のチャリははるか後ろだ。後ろからはトラックのゴォーという音が迫って来る。トンネル内で反響して凄まじい音だ。恐い。恐怖感からさらにスピードが上がる。やっと長い長いトンネルを抜けた。やった!ついに富倉峠を制覇した。叫びたい気持ちだ。その先でチャリを止め、あとから来る二人を待つ。
しばらく待つと、やがて熊井しゅーぢがやって来た。互いに健闘を讃え合う。そしてそれからかなり遅れて晃も登場。感動の分かち合いもそこそこにスタートすることにする。ここから先はずっと下りなので、あまり休んでいると汗が冷えてしまうからだ。
富倉は蕎麦が有名な所だが、まだ昼食の時間には早いので、その楽しみは明日にとっておくことにして、我々のチャリは先を急いでとにかく下った。どんどん下る。快適に下る。下りはなんて楽なんだろう、と当たり前の台詞が出てしまうほど、これまで登って来た苦労が嘘のように快適に坂道をぐんぐん下って行く。最大の難所の峠を越えて、あとは下りと平坦なルートを残すのみということで、僕らにも余裕が出て来た。晃が「軽快に走る姿を写真に撮ろう」と言い出して、お互いの走る姿の写真を撮ったりする“お遊び”もしながら、ひたすら長い長い下りの道を下りていく。しかし、明日は同じこの道を戻るので、長いダウンヒルを軽快に下るということは、明日はひたすら逆に登り続けることを意味する。三人ともこの下りの意味を分かっていた。そして道が予想以上に狭い。トラック同士がすれ違えない箇所もある。登りはチャリは走りにくそうだ...。明日の帰り道の登りに一抹の不安を感じさせる。
やがて快適な下りも徐々になだらかになり、周囲の風景も開けてきて、いよいよ新潟平野に入ったことを感じさせた。新井市だ。新井市では昼食を取るつもりだった。ところが適当な店がなかなか見つからない。美味しそうな店構えの蕎麦屋があったのだが、残念ながらまだ準備中であった。昼食にありつけそうな店をキョロキョロと探しながらひたすら走る。しかしこういう時に限ってなかなかそういう店が見つからない。しかも我々のこのツーリングの目的のひとつには「美味しい物を食べる」という項目も含まれているので、それなりの物が食べられそうな店でなければダメなのである。途中コ汚い食堂が一軒あったが迷わずパスした。右手に板倉町役場という真新しい建物が見えたので「役場の近くだったら何かあるだろう」と寄ってみるが、一軒の食べ物屋さえ見つからない。「なんちゅう町だ...」と憤慨しながら、ふと横を見るとアイスクリーム屋があった。炎天下ずっとチャリを漕いできて暑かったのと、何か食べ物を口に入れたいということで、「とりあえずアイスでも食おう」となったのだが、この店のアイスが大当たり!メチャ旨かった。天然原料で間違いなくオススメである。地元でも人気の店らしく、ジャージ姿の中学生たちも部活帰りに立ち寄っていた。
りあえずアイスで元気が出たので、再びサドルにまたがる。この道を真っ直ぐにあと20kmぐらい行けば目的地の鵜の浜温泉なのだが、どうもこの道は交通量も多いし路面がガタガタで走りづらい、と三人の意見がまとまって、道を左にはずれて田んぼの中の道を行くことにする。だが、この選択は同時に、昼食にありつける店がこの先なくなることも意味していた。水田の中の道は平らだしクルマも少ないので、本来だったら快適な走りになるはずだったのだが、ここから僕らは海方向から吹いて来る予想外の向かい風に悩まされ続けることになる。とにかく真正面からの風なのだ。しかも周りは田んぼ。障害物が何もないので避けようがない。民家のある集落では少し風も収まるのだが、また水田地帯に出ると正面からの強い風。普段の3倍ぐらいの力で漕ぐが、漕いでも漕いでも前に進まない。さらに空腹もだんだん増して来た。晃はすでに「ガソリン切れ」を宣言している。さらに僕も左膝のあたりに何か変な違和感を感じるようになった。膝の腱というか靱帯というか、それが伸び始めているようなイヤな感触だ。何も起こらないことを祈りつつ、少しずつ右脚に比重を移してペダルを漕ぐ。
途中、前島密(まえじまひそか)記念館で休憩。あの1円切手の顔の人だ。この上越市の出身らしい。熊井しゅーぢは相変わらず自転車を降りると咳き込んでいる。漕いでいる時は咳が出ないというから不思議だ。とにかく腹が減ったが、ここまでずっと食事のできそうな店など一軒もなかった。地図で調べると、しばらく真っ直ぐ行くと国道(253号線)にぶつかる。地図で見る限りは広そうな国道だ。食堂ぐらいはありそうだ。ただそこに何もなかったらもうアウトだ。水田地帯の中を走っているので、もう鵜の浜温泉に到着するまで何もないだろう。その国道だけを希望に、向かい風の中、空腹と戦いながら
ひたすら進まないペダルを踏む。走りながら僕は考えていた、「もしその国道沿いにあればもうデニーズでも何でもいいから入ろう。美味しい地元の名物とかそういうのはこだわらないから、とにかく何でもいいから食べよう」と...。
果たして僕らはやっとその国道との四つ角に着いた。しかしその国道は、僕がイメージしていたような、車がビュンビュンと行き交い、両側にはガソリンスタンドやレストランが立ち並ぶ国道とは全くほど遠いもので、民家が数件軒を連ねているにすぎなかった...。呆然として、僕があきらめかけた時、晃が叫んだ、「そこにあるじゃん!」。
確かにその店「割烹 池田屋」はそこにあった。「もう食べられれば何でもいい」、僕らは迷わずその暖簾をくぐって店内に入った。外見はイマイチだったが、驚いたことに中はちゃんとした割烹だった。僕と晃はこれまた迷わず生ビールを注文。うまい!生き返る。突き出しのイカゲソがこれまた旨い。こんな普通の店でこんな旨いイカが食べられるなんて。海が近いことを感じさせる。さらに生ビールをもう一杯注文。仕上げに刺身定食で空腹を満たす。満足、満足。店の店主と少し話をする。長野の須坂から今朝出て来て、鵜の浜温泉まで行くことを告げる。「鵜の浜ならあともう少しだ」と元気づけられる。
満腹になってまた元気が出た。自転車にまたがってペダルを漕ぎ始めるが、ペダルが先ほど以上に重く感じる。思ったより脚に疲労がたまってきているようだ。それともビールの飲み過ぎか。しかし残りの距離はあともう6〜7kmという所だろう。今日ここまで走って来た70km以上の距離に比べたら、もうほんの少しだ。あと少しで海だ。ペダルにも力が入る。ここから海岸まではほぼ一本道。北越急行の高架をくぐり、さらに北陸自動車道の下をくぐる。海岸沿いの国道8号線の信号を横切って、いよいよ土底浜の信号に到着。目的地の鵜の浜温泉はここを右に折れるのだが、とりあえずまず海を見よう、と直進して、目的の日本海を見に行く。遂にかねてからの念願であった海までやってきたのだ、しかも自分の足で。日本海の勇姿を目に焼きつけ、すぐまた今日の目的地、鵜の浜温泉を目指す。鵜の浜までも何度かアップダウンがある。ここまで来ての最後の登り下りはかなりキツい。それでも頑張ってペダルを踏む。そしてやっと午後3時前、今日の宿「みかく」に我々は到着した。
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■2日目(5月26日)■
しっかりと朝食も取り、朝8時に旅館を出発。玄関で女将が笑顔で僕らの旅立ちを見送ってくれる。
昨日海での写真を撮り忘れたので、一旦砂浜に立ち寄って写真を撮る。ちゃんと自転車で海まで来たことを証明する大事な証拠写真だ。寄り道にはなるがこれだけは欠かせない。昨日着いた時にはこの浜辺でイベントが行われていて賑やかだったが、今朝の海は静かだ。海をバックに数枚の写真を撮る。
そしていよいよ二日目のツーリングのスタート。今日も天気は良さそうだ。だが、道はいきなりの海岸沿いの登り坂。昨晩、晃も熊井しゅーぢも「あそこの最初の登りがイヤだなぁ」と言っていたいきなりの坂だ。そしてこの最初の登り坂でのペダルの一漕ぎで脚の状況もわかる。どうやら脚の疲れは取れている。気になっていた左膝の痛みも無理しなければ大丈夫そうだ。今日のコースの難所もやはり富倉峠だろう。しかも今日は海抜0mから一気に標高600mまで登らなくてはならない。平野地域は快適なツーリングができるだろうから、できれば登り坂の入り口である新井市までは順調に走りたいところだ。今日は昨日のようなイヤな向かい風もなく、水田地帯の走りは本当に快適だ。まさに絶好のサイクリング日和。だがやはり徐々に徐々に晃が遅れ気味になる。完全には疲労が回復していないようで、ツーリングを楽しむような状況ではないようだ。当初
1回目の休憩は前島記念館と決めていたが、晃 たまらずその手前の池田屋でストップ。本日1回目の休憩。
その後、水田地帯の新緑の稲の苗の風景の中を、僕と熊井しゅーぢはのんびり楽しみながら、晃はヒイヒイ言いながらペダルを漕ぐ。熊井しゅーぢの風邪の具合も昨日よりいいようだ。前島記念館で一回、さらにアイス屋で一回と、昨日と全く同じペースで休憩をとる。アイス屋はまだ開店時間20分前だったが、お店の主人が我々に気づいて店内に入れてくれた。嬉しい、そして旨い。田舎の人はどうしてこう優しいのだろう。特にここのアイスを目標にここまで頑張ってペダルを漕いで来た晃にとっては人一倍有り難かったに違いない。
アイスを食べてまた元気が出た。新井市内の道をひた走る。この道はクルマも多く走りづらいので僕らの間では不評なのだが、もうこのあたりは裏道がない。我慢して走る。3人の距離が少し開いてしまったので、途中の関川に掛かる関川橋の上で少し止まってあとから来る二人を待つ。橋の上から川面を眺める。川の流れがキラキラと綺麗だ。熊井しゅーぢはすぐに来た。少し遅れて晃がやって来るのも見えた。ふと見ると、橋までの登り坂で、晃が地元の女子中学生のチャリに抜かれていた。晃が照れくさそうに僕らの所に着いた。三人で笑った。
それでもここまではほぼ予定時間通りだ。とにかく峠越えでは何が起こるかわからないので、できるだけそれまでに時間と距離を稼いでおきたい。心なしか道も少しずつだが登り始めているような気もする。次の休憩地を鳥坂発電所の先あたりと決めて、再び走り出す。だが結局、国道292号と18号の分かれ道のコンビニで予定より早く再び休憩。だんだんと休憩の間隔が短くなっている。仕方あるまい。晃もかなりツラそうだ。
ここからは徐々に長い登りだ。僕も栄養ドリンクを飲んでこれからの登りに備える。目の前の小学校では運動会が行われていて子ども達の歓声が上がっている。必死にチャリを漕いでいる僕らの傍らでは、のんびりした通常の日曜日を楽しんでいる人々がいる。当たり前のことだが、そんなことを考えながらしばらくそれを眺めていた。少し休憩した後、晃が先陣を切って走り出した。晃も頑張っている。ここからは、晃が先行し、それを二人が後ろから追い、追い越した先で晃を待つ、というスタイルになる。時間的には効率的だが、結局晃が一番休んでいる時間が短いというかなり過酷な走り方だ。道も徐々に登り坂になる。何度か晃を抜いて先へ行って晃を待つのだが、あとから来た晃はなかなか休もうとしない。苦しい表情ながら僕らの前を素通りして重いペダルを漕ぎ続ける。すごい。頑張っている。僕ら二人も再びサドルにまたがり晃を追う。何度かその繰り返しがあって、本格的な登り坂の入り口、楡島の商店前で休憩をとる。ここには自販機もあるしベンチまである。天気も良く気温も上がって来て、三人とも汗びっしょりだ。日焼け止めを塗っていない僕は、顔と腕が日に焼けて痛い。
ここから先は富倉峠まで長い長いひたすらの登り。しばらく1〜2kmほど行っては休み、またしばらく行っては休むというペースで登って行く。だが昨日の飯山から富倉峠までほどの急坂ではない。これなら登って行けるという気がした。登り坂を登るには二通りの方法がある。ギアをできるだけ軽くして、ペダルの回転数を増やして登って行く方法と、逆にややギアを重くして立ち漕ぎで体重を利用して登って行く方法だ。この三人は両方の方法をマスターしている(と思う...)が、僕は断然後者の方が好きだ。確かに立ち漕ぎなので脚への負担は大きいが、体重が利用できるので、グイグイ登って行けるその感覚がいい。それがわかってくると、登りもまた楽しい。「登り」イコール「ツラい」ではないことに気づく。(晃は、「登り」イコール「ツラい」と言い張るが...)。
途中、長沢という小さな村の「初美屋」という商店前で休憩。後ろから来る二人を待つ。商店だと思って止まったのだが、どうやら冷たい飲み物は売っていないようだ。やがて熊井しゅーぢと晃も登って来た。すると、店の中からおばあちゃんが出て来て突然僕らに缶ジュースをくれた。「飲んで行きなさい」という。お金を払おうとしても「いらない、いらない」と言う。すごく嬉しい。そこでお言葉に甘えてありがたくいただくことにする。この気持ちが本当にありがたい。そこで記念にこのおばあちゃんと一緒に写真をパチリ。しばし世間話をする。おばあちゃん曰く、この長沢からも須坂に嫁に行った人がいるとのこと。おばあちゃんに別れを告げ、また颯爽とペダルを漕ぎ出す。(おばあちゃんの前なので出だしだけ格好つける)
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ここから県境まではもうすぐだ。もうすぐ長野県だ。ちょっと混乱しやすいのだが、富倉峠のてっぺんが県境ではない。富倉峠はまだまだもう少し先だ。つまり新潟側から登って行くと、まず県境があって長野県に入り、その後もまだまだ登り坂が続いて、その先に富倉峠があるということになる。このあたりからすれ違うサイクリストが目立つようになる。と言っても彼らはちゃんとしたサイクルウエアに身をつつみ、細いタイヤのロードレーサーに乗っている。何かのレースだろうか。姿の違いこそあれ自転車を愛する者サイクリスト同士の挨拶は欠かさない。特に一番後ろからヒイヒイ登って来る晃に対しては、大きな声で声援をかけてくれる。晃もそれに応えたいのだろうが、脚が言うことをきかないというところだろうか。
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途中、山菜小屋の前で休憩していると、またもそこのおばさんが冷たく冷えた缶コーヒーをくれた。なんで田舎の人はこんなに優しいのだろう。こういう地元の人との暖かい触れ合いも自転車の旅ならではだ。クルマでのドライブだとこういう触れ合いに出会う間もなくその場所を通り過ぎてしまう。
県境を越えて、いよいよ長野県まで帰って来た。そしてそこからしばらく登り、今日の昼食の場所である富倉名物の蕎麦屋「かじか荘」に着いた。
峠までの登りを残してここで昼食をとるのはどうかという意見もあったのだが、晃の強い希望もあって結局ここで昼食タイムにした。僕と晃はお決まりのビール。酒に弱い熊井しゅーぢも一杯だけつき合う。田舎ならではの山菜“こごみ”の味噌和えをつまみに冷たいビールを堪能。あっと言う間に1本目のビールが空になり、さらに追加でもう1本。そして名物の蕎麦。この蕎麦もなかなか旨い。
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出発前にちょうど同じ蕎麦屋で休憩していた先ほどのサイクリストの一人と話を交わす。僕らが2日かけて走るコース160kmを1日で走り切るという。さすがすごい。そのサイクリストの背中を見送った後、我々も出発する。そこから富倉峠までの登り坂もかなり何度か急な坂が待ち受けていた。晃も途中何度か自転車を降りて押したりしながら、それでも乗れると判断した場所ではチャリにまたがって一生懸命漕いで登ってくる。
そしてついに我々は富倉峠に到着した。正直な感想を言うと、予想よりもあっけなかった気がした。もっと登れないぐらい急な坂がこの先に待ち受けているかもしれないと思い、それに備えてできるだけ体力を温存しながら登っていたら、いつのまにかもう頂上に着いてしまった感じだ。結局一度も自転車を降りて歩くことなく峠まで登ることができた。長い都会の生活ですっかり自分の体力は落ちてしまったものと思い込んでいたが、自分の隠された体力に自分で感動してしまった。まだまだ行けると自信が持てた。
そして、峠征服の感動を三人で分かち合い、すぐに今度は下り始める。汗が冷えないためだ。だが少し下り始めた所で、僕のチャリにトラブル発生。後ろブレーキの利きが悪い。坂が急過ぎて、思いきりブレーキレバーを握っても自転車がなかなか止まらないというちょっと恐い状況だ。ゴムの焦げた匂いもする。二人には先に行ってもらい、ゆっくりゆっくりスピードを出し過ぎないように気をつけながら下っていく。本来だったら一番楽しめるはずのダウンヒルなのだが、とにかく細心の注意を払いながらゆっくり下っていく。こんなに恐い下りは初めてだ。ここまで何ごともなく順調に峠まで走破してきたのに、この飯山まで帰って来てからの下りで事故を起こしてしまってはシャレにならない。とにかくブレーキを騙し騙しで、途中で焼き切れたりしないように気をつけながら下りて行く。
二人は坂を下り切った所で僕を待っていてくれた。ここから先は昨年の野沢温泉からの帰りにも通った慣れた道だ。急な下り坂でなければ、僕のチャリの後ろブレーキも心配なさそうだ。いつもの「飯山のコンビニ」で休憩を入れる。ここからこのみちゃんの携帯に電話を入れる。無事に帰って来たらお店に顔を出すと言っておいたからだ(このみちゃんは足ツボマッサージのお店『フットリフレ』を経営する女性社長で、今回のこの三人のメンバーとは高校の同級生)。この調子なら夕方までには充分帰り着けそうだ。しかし携帯からは「お掛けになった番号は現在使われておりません...」のメッセージ。晃に聞くと最近携帯を変えたらしい。知らなかった!新しい番号も教えてもらってない!なんてことだ!ショ〜ック!!
気をとり直して(笑)再び出発。行きと全く同じコースなので距離感も道もよくわかっている。しかし、千曲川を渡る古牧橋の手前の信号で晃が事故りそうになった。何を思ったのか、こちらの信号が赤で、クルマが来ているというのに反対側に渡ろうとしたのだ。瞬時に気づいたので大事には至らなかったが、あと1m飛び出していたら危なかった。あとで聞いたら「信号が青だと勘違いした」とのこと。疲労のせいで判断力が鈍っているのかもしれない。気をつけて行かなければ。
その後、中野のいつもの自販機の所で一度休憩。ここまで来たらもうあとは特に心配のない道だ。晃も家族に中野まで戻って来たとの電話を入れている。そしてさらに先を急ぐ。中野から小布施に向かう道でもう1回休もうと決めていたが、そのタイミングを失いつつそのまま小布施に突入。晃の太ももの疲労も極限に近いようだ。そして都住あたりからは最後の登り。僕の日焼け用の薬を買うため、途中のスーパーに立ち寄ってもらう。空を見上げると、なんだか南の空の雲行きが怪しい。灰色の雲が沸き起こって、夕立ちの気配だ。気のせいかゴロゴロという雷の音も聞こえたような気がする。去年は熊井しゅーぢが、解散後の帰り道で、この夕立ちにぶつかってエライ目に会ったらしい。僕らの脳裏にも一瞬不安が横切る。「急ごう!」、最後の力を振り絞ってペダルを漕ぐ。晃も後ろから頑張って漕いで登って来る。おそらくかなりの疲労だろう。なにしろチャリを降りるとまともに歩けないぐらいなのだ。
松川を渡り須坂市に入った。そこからもう少しだけ川沿いに登る。少し下ってから行くルートもあるのだが、そうすると最後にまた少し登りを残してしまう。だから川沿いにもう少し登って、あとは晃の家までひたすら下るだけというルートを敢えて選んだ。下りになってからの晃はビュンビュン速い。家が近くなったという
はやる気持ちもあるのだろう。先頭に立って、二人が付いて行けないほどの速さで、よく知った果樹園畑の中の道をぐんぐん下って行く。家の近くの道までは晃の息子の晃太が待ち切れずに迎えに出て来ていた。そしてその後ろには和代ちゃんも。よくわかったなぁというくらい絶妙のタイミングで迎えに出ていた。どうやら心配して居ても立ってもいられず、ずっと家から出て待っていたらしい。晃はこんな家族に囲まれて本当に幸せ者だ。
そしてこの二人に並走されながら、ゴール地点である晃の家の前に到着!午後4時。ついに往復160kmを完走した。何が起こっても不思議ではない状況だったけれど、念願であった新潟の海まで行って、そして無事に帰って来た。一番心配された晃も最後までリタイアしなかった。未知の事に挑戦しそれをやり遂げた達成感と充実感がみなぎった。
さて、こうなると、早くも来年のプランが気になってくる。「それじゃ来年はどこまで行こうか?」。熊井しゅーぢは「来年と言わず秋でもいいよ」と言う。晃は「しばらく自転車は見たくない」と答えた。(終)
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