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コンピューター芸術と娯楽のはざま

喜多見 康

ラスコー洞くつの壁画や、縄文期の遮光器土偶、火炎土器の例に見られるように生活技術の進歩革新は、必然的に新しい社会文明を形成し、それにつれて常に新しい芸術表現を生み出してきました。狩猟道具の飛躍的な進歩によって、大型獣を対象にした集団狩猟社会が生まれたり定住型集団生活の中で煮炊きの必要から土器が生まれることで、私達人類は文明を手に入れ、進化のステップを上って来ました。そしてその発展と変化は、洞くつの壁に生き生きと写実的に描かれる動物の姿や土器や土偶にほどこされる躍動的な模様のように、それ以前にはなかった、新しい芸術表現を生み出してきました。社会が進歩し変化する時、それにつれて生まれて来る新しい芸術表現との間には、一体どのような関係があるのでしょう?表現することが、職業的専門的な芸術家の専売特許になる以前は、表現することは社会や環境に適応するために自らが楽しむことであり、自身を癒すことでした。それは、子どもが成長の過程で絵や唄・ダンスなど、遊びを通して自己表現しながら、発達して行くことで確かめられます。芸術表現は専門家だけの特殊技術ではなく、人間の持つ機能のひとつなのです。そして芸術の機能には「癒し」と「娯楽」の2つがあります。自分が望んで、表現行為(絵を描いたり、唄を歌ったり)を行うなら必ず、楽しく満ち足りた気持ちになることができます。また優れた芸術表現に触れた時にも同様の効果があります。芸術とはこのように、人間や社会の進化を補完する機能を持つ、重要なものだと私は考えます。しかし社会の発展と分化によって芸術が職業になり、専門技術になるにつれ、芸術は高尚なものと位置付けられるようになって「娯楽」の機能が失われて来ました。その分社会は「娯楽」だけを分化して成立させなければならなくなり、様々な娯楽産業が発達することになりました。結果として芸術は、高度に発達はしましたが、社会の中での役割としては弱体化したと言わざるを得ません。新世紀が幕を開け、いまほど社会が「癒し」と「娯楽」を求めている時代は、ありません。いくら経済的な繁栄を謳歌しても、この欲求は募るばかりなのです。原因は、私達の祖先がかつて経験したのと同じか、それ以上の大きな社会変化の波が間近に迫っているからでしょう。電子情報技術の進歩は、間違いなく今世紀中に氷河期の到来に比すべき激変を社会に与え、人類に精神的な進化の道を選ぶよう、強く迫るでしょう。その時私達は、ラスコーの壁画や縄文期の土器のように「21世紀用の芸術」を確立し、社会の進化を補完しなければなりません。その「21世紀用の芸術」は当然ですが「癒し」と「娯楽」の機能を兼ね備え、電子情報技術の進歩につれて発展進化する力強いものであることが求められます。今回の企画展に展示する作品は、どれも社会の変化につれて、進化の過程にある力強い「21世紀用の作品」です。芸術と娯楽のはざまに立って、コンピューターによる表現でその両方を従えようとする、作家達の試みをぜひご覧下さい。
 
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